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「バラナシィ、時間の重み」

インドの聖都、バラナシィを撮ったドキュメンタリ「Beyond」の最初のシーンが美しい。

バラナシィは、以前、日本ではベナレスと言っていました。
コルカタはカルカッタ、バングラデシュはベンガルと言っていました。

私が学生の頃、地理や歴史の教科書はそう表記してありました。

多分バラナシィが原語だと思いますが、響きの美しい言葉だと思います。

同僚のカメラマンでアジア各地を撮っているOさんに、このドキュメンタリを教えたら、
あの「クソ・バラナシィ」がこんなに美しく映っている。
と感動していました。

私はバラナシィには行ったことはありませんが、彼が行って見たバラナシィは、えらく汚く埃っぽく、住んでいる多くの人はすれていて、ひどい目にあったらしいです。だから、クソ・バラナシィと表現したわけです。笑。

世界各地にある古い街は、実際に行ってみると、汚く、煤けていて、落胆することが多いのですが、写真にしてみると、驚くほど美しく、荘厳に写ります。

ロケ撮影で一ヶ月ほどイタリアに滞在していましたが、イタリアの諸都市がそうでした。
特に、フィレンツェ。撮った写真をイタリア人に見せたら、「なんて美しい」、これがフィレンツェだとは信じられないと言っていました。

なんでだろう?と考えたことがありますが、写真は、物や建築物が持っている「時間」を写し込みます。
時間が経っていれば経っているほど、深く映る。

逆に、清潔で整然とした銀座のような街は、その時間が浅いせいで、ペラペラの魅力的でないつまらない光景になってしまいます。パリと比べると分かります。

ただ、パリは、歴史がより古いローマやフィレンツェ、ベネチアと比べると、時間の重みが浅い写真になります。

多分、このドキュメンタリの映像を最初に見て、バラナシィに行くと相当落胆すると思いますが、バラナシィが持っている時間の重みと精神性は、写真の方が本質をついていると思います。

人間は、ものや光景を、その人が感じたように観ます。
フォトグラファーや映像作家は、自分のイメージを映像に込めて、見る人に伝えます。

このバラナシィの映像は、撮って、編集したフォトグラファーのイメージですが、とても、本質に迫った精神性があると思います。

 

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